KNOWLEDGE NOTE

ナレッジノート

アフター・コロナの在宅勤務について考える_Vol.2

2023.01.31

在宅勤務が抱える人的資源管理上の問題

前稿でみたように、テレワーク導入困難度が低い職務特性を持つ仕事に従事している従業員であれば、在宅勤務の実現可能性は高くなる可能性はあります。またコロナ禍の収束後に、WLBの観点からも在宅勤務を求める声はさらに増し、在宅勤務を積極的に導入しようとする企業は増えるかもしれません。しかしながら、仮にそうだとしても、注意すべき人的資源管理上の問題があります。ここでは以下の4点に絞って論じておきます。

①働く人々の心理的問題

在宅勤務中は仕事とプライベートの切り替えが困難なため、かえって生産性が落ちる可能性もあります。たとえば、仕事が気になるがプライベートな用事がある、プライベートが気になるが仕事が気になるといった心理的状態(ワークライフ・コンフリクト)が、職場を離れているからこそ際立って生じるでしょう。

 このコンフリクトは、仕事とプライベートは切り離して生活したい「分離型」の人ほど顕著に感じられるでしょう。なお、コロナ以前からテレワークや柔軟な働き方が普及していなかった日本においては、仕事とプライベートが混然としていても気にならない「融合型(1)」よりも、この「分離型(2)」の方が多数派だろうと予想されます。

 また、1人でも作業できる仕事に従事することによる孤独感や、(在宅勤務が少数派であるなら)出勤している同僚からの疎外感、重要な仕事を任されていない(という疑念)による取り残され感、上司など職場のキーパーソンとの接触機会や職場内の重要情報の獲得機会が減少することから生じる不安などを、強く感じてしまう可能性があります。

 これらのことが起因となって、メンタルヘルス不調につながる懸念もあります。また、仮にメンタルヘルスの問題が生じていたとしても、表情や雰囲気、歩き方などのちょっとした所作から、心身の変化の兆候に周囲の人間が気づくことが在宅勤務では難しく、早期発見が困難となる恐れがあります。

②労働時間管理の問題

 在宅勤務は、賃金の基盤となる労働時間の管理が難しいと考えられます。たとえば、育児や介護の必要性のために、仕事が頻繁に中断してしまうということもあるでしょう。場合によっては、残った仕事を家事や介護が終わった深夜に行うこともあるかもしれません。しかし、終日、システムやカメラで監視して労働時間を計算するような仕組みは人間らしい働き方を提供しているとは思えません。

解決の一つの方向性としては、労務管理を時間ではなく成果で行うように転換していくことでしょう。しかしそうなると、労働の価値が投入された時間から成果に変わるので、評価制度も変えていく必要があります。これは、「メンバーシップ型」から「ジョブ型」の雇用へ移行するべきという近年の経団連の提言とは整合するかもしれませんが、一方で従来の日本的経営が有していた職場のチームワークやOJTの機能が減ずるという副作用もあることにも留意しておくべきでしょう。

③人材育成の問題

 人材育成の面から見ても、在宅勤務には問題があります。既に一定の知識やスキルを有している従業員ではなく、新たにその企業に属した新規学卒者や転職者、あるいは大きな人事異動によって職務内容を変えた従業員にとって、在宅勤務は職場のOJTを受ける機会を大幅に減じさせていると思われます。コロナ禍によってオンラインでの研修を積極的に進めた企業もあるようですが、実際の顧客への対応や職場メンバーとの協働といった経験を通じた学習には、やはり及ばないのではないでしょうか。

 一般に日本企業では、直属上司やフォーマルに割り当てられたメンターといった関係性の中だけで人材育成が行われるだけではなく、他部署も含む先輩や後輩、同期入社の従業員など、職場の多様なインフォーマルな関係性(3)の中でも、成長に必要な様々な機能や支援が提供されています。

 とくに新入社員や転職者にとっては、職場や組織の中で言語のみならず様々な態様で体現あるいは共有されている暗黙知や文化を、その場から離れて理解することは難しいと言えます。そのため、職場や組織に対する適応が遅れてしまうという懸念もあります。さらに、既に述べたように、不適応やメンタルヘルスの問題が発生している新入社員がいたとしても、在宅勤務では職場の同僚や同期入社の社員、上司などとの接点が少ないため、早期発見も難しいでしょう。

④職場の創造性の問題

 人事・労務管理的な意味での人的資源管理の問題とは少し異なるかもしれませんが、職場の中で自然に発生するアイデアの発生や創造的な問題解決が減少するという懸念もあります。

 職場の仲間同士で情報やノウハウを共有することによる問題解決や、同僚間の相互誘発による新しい発想や発見の可能性は、テレワークよりも対面的なオフィスワークの方が高いでしょう。このことを実証する調査・研究は現時点では見当たらないのですが、職場で直面している問題の解決の糸口や新しい商品やサービスのアイデアが、フォーマルな会議以外の場(たとえばランチタイムや廊下での雑談)で得られたという経験を有している人は、かなり多いのではないでしょうか。

 ある企業では、ふだんの何気ないちょっとした雑談が職場内の議論を活性化していたことをコロナ禍で再認識し、オンライン会議の冒頭2分間を雑談タイムとすることによって、発言しやすい雰囲気づくりをしています(日経産業新聞, 2020年7月24日)。オンライン会議の冒頭2分間だけでも効果があるとすれば、ふだんの職場には無数の人々の交錯があるわけであり、無限の発想や発見の可能性が眠っているということができるでしょう。

 もし、職場の全員が在宅勤務などのテレワークを行っており、オンラインでも相互に活発なコミュニケーションができる機会が技術的にサポートされているのなら、この問題を軽減することはできるかもしれません。しかしたとえば、コロナ禍が終わりWLBなどの必要性などから職場の一部の従業員だけが在宅勤務を行わざるを得ない状況である場合には、偶発的かつ創造的な場面に出くわすことが他の人に比べて相対的に少なくなり、前述のような疎外感や取り残され感にもつながるかもしれません。

 2回にわたって、そもそも在宅勤務を含むテレワークが可能である条件とは何か、そして在宅勤務は働く人々とそのマネジメントにどのような問題がもたらされるのかについて考えてきました。ここまでの議論から、一定の職務特性の条件を満たす仕事であればテレワークや在宅勤務が進むと思われますが、人的資源管理上の問題から、日本の企業の従業員に在宅勤務が浸透すると言える材料に乏しいと考えられます。しかし一方で、育児や介護などWLBの必要性から、在宅勤務を希望する人は今後も少なくはならないでしょう。したがって、そういう人々を取り残さないための管理施策の整備が急務と言えます。

 今後、WLB上のニーズがある従業員を主な対象にしたテレワークや在宅勤務を導入しようと考える企業は、仕事の絞り込みや切り出しを的確に行うと同時に、人的資源管理のあり方を柔軟に考えることが必要でしょう。とくに、難しい労働時間の算出をどうするかが課題です。たとえば、「事業場外みなし労働時間制」を在宅勤務者に適用するのも一案でしょう。具体的には、個々の作業にどれくらいの時間が必要かの目安を事前に決めておき、その成果が出てくれば、実際の所要時間と関係なく、その時間分は働いたエビデンスとするという方法が考えられます。そうすることによって、在宅勤務者が働く時間を自律的に決められる余地が増し、ワークライフ・コンフリクトを和らげることに作用する可能性もあります。

 また、在宅勤務者が少数の職場であっても、定期的に全員参加のオンライン・ミーティングを開き、情報共有や意見交換(ときには雑談)を行うことによって、疎外感の軽減や新しいアイデアの発想の機会とすることもできるでしょう。

 いずれにしても、唯一の最適解があるわけではないので、個々の企業や職場、仕事の特性、個人の状況を十分に考慮しながら議論され、テレワークや在宅勤務に関する施策が導入されることを期待したいと思います。

(1)(2) この2つの区分は、Rothbard(2020)に依拠している。

(3) このようなメンタリングの束のような関係性のことを、デベロップメンタル・ネットワーク(developmental network)という。

【引用・参考文献/資料】

厚生労働省「新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する 調査結果概要について」2020年, (https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/syousai.pdf.)2021年2月4日時点.


日経産業新聞「雑談から新発想 パナソニック、ネット会議に2分の掟」2020年7月24日.


坂本理郎『人材育成と職場の人間関係-人を育てる職場や仕事のデザイン』中央経済社, 2018年.


読売新聞オンライン「仕事中に涙が止まらない・気持ち晴れない…『テレワークうつ』深刻」2020年12月21日,(https://www.yomiuri.co.jp/medical/20201221-OYT1T50149/)2021年2月18日時点.


ロバート・ウォルターズ・ジャパン「テレワークでの実感:ワークライフバランス向上。『仕事の質・成果』に変化なし」2020年, (https://www.robertwalters.co.jp/content/dam/robert-walters/country/japan/files/Others/2020/globaltarentsurvey20200824.pdf.)2021年3月1日時点.


Rothbard, P, N. , “Building work-life boundaries int the WFH era” , HBR.org, July 15, 2020.  (友納仁子訳「在宅勤務でワークライフバランスを確保する方法」 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー第45巻第11号, pp.53-59)

著者
坂本 理郎

大手前大学現代社会学部教授。通信教育部長。 株式会社高島屋、株式会社三和総合研究所、兵庫労働局、株式会社ライトジャパンを経て、2006年に大手前大学に着任。シニア産業カウンセラー。2003年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。2018年関西大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。

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