大手前大学現代社会学部教授。通信教育部長。 株式会社高島屋、株式会社三和総合研究所、兵庫労働局、株式会社ライトジャパンを経て、2006年に大手前大学に着任。シニア産業カウンセラー。2003年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。2018年関西大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。
働く個人のキャリアは、孤独の中ではなく、仕事を共にする多様な人々との関係性の中で形成されます。このことは、経験的に容易に理解できるでしょう。メンタリング研究で著名なKram(1985)は、特定のメンター(支援者)=プロテジェ(被支援者)関係を中心に考えている一方で、組織の中の誰もが特定の良きメンターに恵まれるわけではなく、時として様々な人物がキャリア形成を支援することもあると指摘しています。さらにHiggins & Kram(2001)は、デベロップメンタル・ネットワーク(Developmental Network:DN)という概念を新たに提唱しています。そこで彼女らは、メンターとプロテジェといった垂直的な2者関係だけでなく、発達を支援する複数の多様な人間関係を同時に見る視点を提供しており、そこには所属する組織の外にある他者との人間関係も視野に含まれています。このDNとは、「プロテジェのキャリア促進に関心を持ち、プロテジェが発達的支援を提供してくれる人であると名前を挙げた人々によって形成された」エゴセントリック(自分を中心とする)なネットワークと定義されます(p.268)。
この定義の要点を整理しておきましょう。まずDNは、プロテジェ自身の主観的認識によって成り立っています。したがって、たとえ上司あるいはフォーマルに割り当てられたメンターや上司であっても、また、その人々に「支援しよう」という意図があるとしても、プロテジェ本人が「支援されている」と認識しなければ、DNを構成する人物にはなりません。逆に言えば、インフォーマルな関係であっても、また、その人々に「支援しよう」という意図がないとしても、プロテジェ本人が「支援されている」と認識さえしていればDNを構成する人物になり得ます。そしてDNがエゴセントリックなネットワークであることを考え合わせると、DNを構成する人物どうしの関係性は必ずしも問題とはなりません。最後に、支援する側が年長であることや経験豊かであることを想定していない点にDNの特徴があります。だからこそ、インフォーマルなものをも含む関係性の多様さを認めることになります。
社会的存在として働く人々のキャリア形成が、上司やメンターに限らず多種多様な人間の影響を常に受けているという事実は、時代や社会の変化を超えて疑いの余地はありません。上司やメンターとの垂直的な関係性は組織に働く者としては非常に重要なものであることに違いないですが、個人のキャリア形成を促進する関係性はそれだけではありません。実際に、フォーマルなメンター役の人に若手社員の育成を過度に期待すれば、その物理的・精神的負担が集中し、メンター側の成長を阻害するという事象も起こり得ます。ゆえに、キャリア形成を支援する人間関係を、インフォーマルなものも含めて多角的に見るという視点は、社会的背景の変化を超えて理に適っていると言えます。
では、このような特性を持つDNを、職場でマネジメントすることは可能なのでしょうか。
筆者(坂本, 2020)が中国地方の造船業2社(A社・B社とする)で行ったいくつかの調査では、DNの構造特性(人数・つながりの強さ)に対しては、支援を受ける側の個人が従事する職務特性が一定の影響力を有していることが分かりました。また、タスク多様性や相互依存性といった職務特性がDNの構造特性に影響を及ぼし、さらにDNの構造特性がその機能特性(提供される機能の量・多様性)に影響を及ぼすという因果関係の連鎖も確認することができました。加えて、組織要因である職務特性が結果的にDNの機能特性に対して与える影響力は、個人の発達や性格といった個人要因と比べて大きいことも分かりました。このように、DNの形成に影響を及ぼす要因は数多くあると認識をしながらも、組織要因であり職場レベルでのマネジメント可能性の高い職務特性が、DNの形成に一定の影響力を有していることを確認することができました。
ところで、チームワークは日本企業の作業組織の1つの特徴ですが、タスク多様性や相互依存性はそれを構成する概念の1つと言えます(森田, 2008)。ゆえに、日本の製造企業の作業集団において生産性向上を目的に導入されてきたチームワークが、品質、コスト、納期といった生産的な成果のみならず、職場のインフォーマルなOJTを通じた人材育成にも潜在的に機能していたというメカニズムが示唆されます。これまでは見過ごされてきたかもしれませんが、日本企業の生産システムにおいて整合的であったチームワークが、意図せざる結果として、若手従業員の育成にも有効であった可能性があります。言いかえれば、人材育成に対してチームワークが持つ潜在的な機能を発見したということにもなるでしょう。
藤本(2004)によれば、自動車のように「擦り合せて作り込む」タイプの製品を製造する企業では、「まとめ能力」、「濃密なコミュニケーション」、「累積的な改善能力」などがフルに必要とされ、戦後の日本の製造業はそれを得意としてきました。造船業とりわけ調査対象であったA社(船舶修繕専業)およびB社(受注生産中心の新造船建造および船舶修繕の兼業)の事業も、顧客ニーズに応じて「擦り合せて作り込む」側面が多く、多品種少量生産であることから、その程度は高いでしょう。そのような企業の職場の中では、濃密なコミュニケーションやメンバーの協力による主体的な問題解決(改善)といったチームワークが効果を発揮して生産性を高める場面が発生しやすく、それと同時に人材育成に対しても意図せずに機能するようなインフォーマルな関係性(DN)の構築が促進されたのではないでしょうか。これは、なぜ日本の製造業は運や個人任せのインフォーマルなOJTが主であるのにもかかわらず、人材育成に強みを持っていたのか、という疑問に対する1つの解にもなるでしょう。また、チームワークが持つ潜在的な人材育成機能が顕現化することによって、それを意図せずに弱体化さらには破壊してしまうことを防ぐことにもつながるでしょう。
このように、生産システムという組織全体のマクロ的要因が、職務特性や職場の人間関係という組織のミクロ的要因を介在して、個人レベルの要因である従業員の成長と統合された理論を構築できる可能性があります。かつてホーソン・リサーチで注目を浴びた人間関係論は、インフォーマルな側面を重視し過ぎだという批判もあり、リーダーシップ論やモチベーション論という後期人間関係論では、「職務拡大」や「職務充実」などの集団や組織のフォーマルなレベルで論考され、インフォーマルな側面に対する研究は主流とはなりませんでした。加えて、組織が大規模化するにつれて、人的資源管理論の視野が現場や職場から引き離されて、組織全体のマネジメントに移行していきました。
しかしながら、守島(2010)が指摘するように、今後の人材マネジメント論の社会科学としての理論的発展に向けては、職場における管理プロセスに対する関心を復活させることが必要です。なぜなら、評価、育成、働く意欲の喚起、協働などといった人材の資源性を生み出す基本的な管理プロセスは、職場の人間関係を通じて起こるからです。そして、この職場における人材管理のプロセスこそが人的資源管理論特有の研究対象であり、そのメカニズムを解明することが人的資源管理論を社会科学として成立させる条件だからです。ただし、単純にその視座を職場に回帰させるだけではなく、組織全体の視点とも整合性を持った理論の展開が重要だと筆者は考えています。
【引用文献リスト】
藤本隆宏(2004)『能力構築競争』中公新書.
Higgins, M.C. & Kram, K.E. (2001). “Reconceptualizing mentoring at work: A developmental network perspective.” Academy of Management Review, 26(2), 264-288.
守島基博(2010)「社会科学としての人材マネジメント論へ向けて」『日本労働研究雑誌』No.600, 69-74.
森田雅也(2008)『チーム作業方式の展開』 千倉書房.
坂本理郎(2020)『人材育成と職場の人間関係-人を育てる職場や仕事のデザイン』中央経済社.
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