大手前大学現代社会学部教授。通信教育部長。 株式会社高島屋、株式会社三和総合研究所、兵庫労働局、株式会社ライトジャパンを経て、2006年に大手前大学に着任。シニア産業カウンセラー。2003年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。2018年関西大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。
一般に日本の企業では、新規学卒者を採用し育成する点が大きな特徴の1つであると言われています。その育成は、職場において日常的な仕事を通じて行われるトレーニングであるOJT(On the Job Training)と、職場から離れて行われるOff-JT(Off the Job Training)という2つの柱によって、高い成果をあげてきました。このうち、正社員の育成に関しては、OJTを重視する企業が多く、さらにこのOJTは、計画的なOJTと計画的でない(非計画的な)OJTとに分けられます。とくに新入社員に対しては、非計画的なOJTに依存する面が大きくなっています。つまり、育成を目的としてフォーマルに割り当てられた直属上司や先輩との関係性のみならず、職場内の多様でインフォーマルな人間関係によって、新入社員が育成されている面が大きいのです。このように、新規学卒者である若手従業員の育成に対して、職場の上司以外のインフォーマルな人間関係によるOJTも一定の貢献をしていることは、多くの人が直感的に理解できることでしょう。
しかしながら、中堅・中小製造企業の技術者育成について調査を行った川喜多(2008)によれば、インフォーマルな関係性を通じたOJTが実際にはしばしば偶然任せで行われており、その成功は先輩が自分の仕事の時間を割いて効果的な指導を行うかどうか次第であると言います。つまり、インフォーマルな関係性の影響が大きいにもかかわらず、そのマネジメントは運や個人任せで行われているにすぎないのです。
企業の若手従業員の育成に有効性を持つ、職場内の多様でインフォーマルな人間関係を、運や個人任せではなくマネジメントの対象と考えるのであれば、それがどのようなプロセスで形成されるのかについて知っておく必要があります。しかしながら、従来の人的資源管理論の研究において、必ずしもそれは充分に明らかにされて来ませんでした。たとえば守島(2010)は、職場が有する4つの基本的機能の1つとして人材育成の場としての機能があるとし、日本企業では若手の成長をモニターしながらチャレンジ性のある課題を割り振り、さらにその中で上司やリーダーが側で見張るでもなく放任するでもなく進捗管理を行う、というような丁寧な職場のOJTを活用した人材育成が機能してきたと言います。しかしながらそれは、経験的に容易に理解できることではあるものの、「職場についての丁寧な研究があまりないので、推測の域を出ない」(p. 25)とも述べています。
このように、企業の貴重な人的資源である若手従業員の成長に大きな影響をおよぼす職場の人間関係が、実践的にも学術的にもマネジメントの対象として十分に注意を払われてきていないという問題に筆者は関心を持ち、その解決に向けて、人材育成に機能する多様でインフォーマルな関係性が形成されるメカニズムの解明に近づきたいと考えています。
とはいうものの、職場の多様でインフォーマルな関係性の形成には個人や組織の様々な要因が複雑に関係しており、実際にマネジメントの対象となり得るのかという疑問が生じます。このような素朴な疑問に対しては、ボストン大学のHall, D.T.が示した「関係性アプローチ(relational approach)」という考え方が参考になります。
関係性アプローチでは、人間関係の質がお互いのキャリア発達を促進すると考え、職場で一緒に働く人々との人間関係は組織の中にある最も日常的に接しやすい「天然資源(natural resources)」の1つであると捉えます。さらに、組織やキャリアの専門家の役割は、関係性のブローカー、つまりキャリア形成に必要な人間関係や仕事を取りもったり、促進させたりすることにあると考えます。つまり、働く個人のキャリア発達は、人事部や上司による人間関係の管理によって促進させることができると考えられているのです。またそれは、大きな仕組みが無くても低コストでマネジメントできるという点で優れていると指摘されています(Hall, 2008)。
このようにHallの関係性アプローチでは、職場の人間関係はキャリア形成に影響を与える重要な要因であると同時に、組織によるマネジメントの対象として明確に捉えられようとしています。もちろん、多様な要因が複雑に影響して形成される職場のインフォーマルな人間関係を組織がマネジメントすることは、フォーマルな人材育成の仕組みを組織全体に構築することと同程度の困難を伴うでしょう。だからと言ってそのマネジメントを放棄するのではなく、仮にマネジメントによる影響が全体に対して及ばないとしても、何らかの組織的な手段を講じるべきだというのが筆者の基本的な考え方です。
そもそもマネジメント(management)とは、ラテン語の「手(manus)」を語源として、中世に「馬の手綱をとること」(maneggiare,manege)という意味で用いられるようになった文脈で、英語の世界に登場した言葉であると言われます(澤邊・飛田, 2009)。野生の馬を調教するのには時間と手間がかかるのと同様に、企業の若手従業員を育成する多様でインフォーマルな職場の人間関係を、すぐさま意のままに操ることは難しいですが、それに向けた確実な一歩となることを目指して研究を行っています。
さて、このような目的に対して筆者は、人的資源管理論の視点から研究を行っています。ここで言う人的資源管理とは、「企業が経営目的を達成するために、働く人々(人的資源)を管理するための一連の活動」(上林, 2010, p.4)を指します。ただし、人的資源の管理を組織全体のレベルではなく職場レベルで捉えようとしています。なぜなら、Hallの関係性アプローチに依拠して、Off-JTや計画的なOJTに代表される組織全体の制度ではなく、組織の中の天然資源すなわち職場に内在するインフォーマルな人間関係の視点で探求しようと意図しているからです。
鈴木(2013)が指摘するように、近年の経営管理論あるいは人的資源管理論は職場そのものへの注目が薄れています。しかしながら、ホーソン・リサーチという古典的な研究において職場への注目を見ることができるように、人的資源管理論の源流では、組織をマネジメントするということは、すなわち職場をマネジメントすることと近似していたのです。ところがその後、組織が大規模化するにつれ、組織と職場は異なるフィールドになり、働く個人が相互作用する職場から引き離されていきました。いわゆる新人間関係論と呼ばれるLikert(1967)の「システム4」の研究において、複数の小集団(職場)とそれらを含む工場(あるいは組織)とが明確な階層状の関係となり、経営管理論は集団や職場のマネジメントではなく、組織全体のマネジメントということが前提になりました(鈴木, 2013)。
これに呼応するように、企業の人的資源管理部門も、その黎明期には「従業員の擁護者」として従業員や事業所が抱える問題を見つけ、経営陣に対して改善提案していく立場であったのが、組織が次第に官僚的になるにつれ「専門的管理者」として給与や雇用契約の管理、労使関係の対応などを受け持つようになり、さらには「戦略上のパートナー」として、事業戦略の助けとなるようになることが求められていったと、シャイン(2017)は指摘します。
このように人的資源管理論が組織全体レベルへと関心を移すにしたがって、職場レベルのマネジメントに対する意識が薄れていったために、日本企業の職場集団内で有効性を発揮していた非公式的なOJTが、研究対象として看過されてきたのではないでしょうか。そうだとするならば、職場での人材育成に有効な人間関係が、運任せではなく経営資源としてマネジメントされる方向に舵を切ることに貢献したいと考えています。
【引用文献リスト】
Hall, D. T. (2002). Careers in and out of organization, Thousand Oaks, CA: Sage Publications, Inc.
上林憲雄(2010)「人の管理とはどんなことか」, 上林憲雄・厨子直之・森田雅也『経験から学ぶ人的資源管理』有斐閣ブックス, 所収, 3-25.
川喜多喬(2008)『中小製造業の経営行動と人的資源-事業展開を支える優れた人材群像』同友館.
守島基博(2010)『人材の複雑方程式』日本経済新聞社.
シャイン.E .H・尾川丈一・石川大雅(2017)『シャイン博士が語る組織開発と人的資源管理の進め方-プロセス・コンサルテーション技法の用い方』白桃書房.
澤邊紀生・飛田努(2009)「中小企業における組織文化とマネジメントコントロールの関係についての実証研究」『日本政策金融公庫論集』第3号, 73-93.
鈴木竜太(2013)『関わりあう職場のマネジメント』有斐閣.
最短3日で多様なサーベイがずっと無料で使える
「Ultimate Light」がご利用になれます
人事部門が読んで役立つ情報を配信しています
TSUISEEについての詳しい資料はこちら