武蔵野大学経営学部経営学科准教授。株式会社ConsulenteHYAKUNEN、リサーチ・フェロー 博士(商学)。株式会社Maxwell’s HOIKORO、執行役員 Chief Development Officer。TSUISEE/製品開発責任者。近著に『最新理論で「仕事の悩み」突破―あなたの職場に世界の経営学を―』(日経BP社,2022年)がある。
「社員に対する年度単位での評価やレイティング(ランク付け)を廃し、上司部下間の日常的でリアルタイムな対話とフィードバックで置き換える」
2012年以降、アドビやデロイト、GAPなどの企業において採用されてきたパフォーマンス・マネジメントと呼ばれる取り組みを一言で言うと、このようになるでしょう。
パフォーマンス・マネジメントの詳細やメリット、実際に活用している企業ケースなどについては、この数年の間で、数多くの人々によって様々な場所で語られてきました。実際、「パフォーマンス・マネジメント」とgoogleで検索すれば、それらを説明するコラムや記事が無数に見つかります。したがって、パフォーマンス・マネジメント自体の説明は他の記事やコラムに譲り、このコラムでは主に、パフォーマンス・マネジメントという取り組みを2020年時点において振り返ることに焦点を置きたいと思います。
パフォーマンス・マネジメントについて語られるとき、絶対悪として扱われるのがレイティングに基づく伝統的な評価制度です。評価プロセスに莫大な時間が割かれてしまう、相対評価により社員同士の仲や職場の雰囲気が悪くなってしまうなどの理由が、よく指摘されているでしょう。では、なぜ、そのような誰の目から見ても明らかに問題ある評価制度は、ビジネスの世界を長期に渡って支配できたのでしょうか?自然淘汰の考えからすれば、とっくの昔になくなってしまっていてもおかしくはなく、そもそも多くの会社が採用することもなかったはずです。まずは、この問題から考えていきたいと思います。
このような議論は、単に歴史的な事実、もしくは教養的な知識以上の価値があると考えています。歴史を振り返ることで、伝統的な評価制度の採用・普及を促すような本質的な要因が世の中に存在していることが明らかになるでしょう。もし皆さんの会社の中にそのような要因が存在しているならば、パフォーマンス・マネジメント導入の際に数多くの困難に直面してしまうでしょう。伝統的な評価制度に適した体質を持つ会社に対して、表面的にノーレイティングといった劇薬を投入しても、より深刻な不調に悩まされてしまいます。伝統的評価制度という戦うべき敵について深く知ることは、極めて実践的な意義を持つのです。
CappelliとTravisは、伝統的な評価制度の普及と支配を支えた複数の時代的背景の存在を指摘しました(1)。第1の背景は、1981年にGEのCEOに就任したジャック・ウェルチの存在です。彼は、第2次世界大戦前に米軍で採用されたForced Ranking Systemを応用することで、厳格なレイティングの仕組みを人材評価のプロセスへ採り入れました。経営思想のグルであるウェルチの考えは、瞬く間に他の会社へと伝播していきました。
ウェルチが経営者として伝統的評価制度を支えた背景的要因だとするならば、コンサルティング・ファームとして支えたのがマッキンゼー社です。マッキンゼー社は、1990年代後半、ウォー・フォー・タレントというプロジェクトをすすめました。CappelliとTravisが指摘するように、マッキンゼー社の調査において明示的に示されたわけではないものの、そのプロジェクトにおいては「不変のパーソナリティ特性によって、有能な社員と無能な社員が区別される」という前提が置かれていました。その結果、「有能な社員の数は限られているため、注意深く探索・評価・維持すべきだ」という考えが普及し、厳密な評価の重要性に対する認識が高まっていくことになりました。
第3の背景は、組織のフラット化です。市場や技術の不確実性に対処する組織の能力を妨げる諸悪の根源として、何階層もあるヒエラルキーがやり玉に挙げられました。社員数を一定とするならば、階層を減らすことは1人の上司の下で働く部下の数が増えることを意味します。その結果、パフォーマンス・マネジメントが推奨するような綿密な日常コミュニケーションが不可能となってしまいました。
CappelliとTravisは、これらの背景以外にも、1970年代のインフレ下において部下の給料を上げる裁量が上司に渡されたこと、差別禁止法により客観的な人事評価が求められたこと、エグゼクティブの税控除額上限が業績給の場合に免除されていたことなどを挙げています。
以上の背景的要因において共通するのが、「Accountability」だとCappelliとTravisは指摘しました。すなわち、ウェルチも、ウォー・フォー・タレント・プロジェクトも、フラット化も、上司に与えられた裁量も、差別禁止法も、税控除に関する規制も、全て、厳密で客観的な人材の評価を行なうことに対する責任の重要性を高めるものだったのです。その結果、レイティングに基づく伝統的な評価制度が普及していきました。
したがって、「Accountability」に第一のプライオリティを置く会社が、伝統的評価制度を廃しパフォーマンス・マネジメントを導入しようとしても、多くの混乱に悩まされてしまうでしょう。「ハイパフォーマーを特定する」「客観的な評価を行う」「成果を出した社員に報いる」これらに対して責任を持つことには何の問題もありません。しかし、その一方で、パフォーマンス・マネジメントが忌み嫌う伝統的評価制度を根本で支える考え方なのです。
もちろん、「Accountability」を捨てないとパフォーマンス・マネジメントを採用できないということを言いたいわけではありません。「Accountability」を無視するような経営は成り立たないでしょう。ここで強調したいのは、パフォーマンス・マネジメントという言葉にすぐに飛びつくのではなく、「Accountability」という考えが伝統的な評価制度とフィットしているという事実を理解した上で、皆さんの会社のコンテクストの下でパフォーマンス・マネジメントをどのように導入すべきなのか、ということを改めて検討する必要があるということです。
ここにきて、先ほど示した問い、すなわち、「なぜ、問題ある評価制度がビジネスの世界を長期に渡って支配できたのでしょうか?」とはまったく反対の問いに答える必要が生じているでしょう。それは、「様々な時代的背景によって支えられてきた「Accountability」に重きを置く伝統的評価制度は、なぜ、今頃になって置き換えられてきているのでしょうか?」という問いです。この問題については、次回のコラムで議論したいと思います。
(1)Cappelli, P., & Tavis, A. (2016). The performance management revolution. Harvard Business Review, 94(10), 58-67.
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